科学技術と倫理(2011年度後期)

 高度に発展した現代の科学技術は,人類の運命を左右するほど大きな力を持っています。それに伴い,科学技術をどのように発展させるか(あるいは発展させないか),科学技術をどのように使うか(あるいは使わないか)というような問題,つまり科学技術に関する倫理問題が生じています。

 科学技術の巨大な力を象徴するのが核兵器です。そこで今年度は,人類を絶滅させるほどの力を持つ核兵器をテーマとして設定し,核兵器に関わった人々,特に核開発の中心にいた科学者たちの考えや行動について学んでいきます。また,核兵器が人間や社会にもたらした様々な影響についても学びます。核兵器の歴史を多様な視点から学ぶことで,科学技術に関する倫理的な行いとはどのようなものかを自ら考えるきっかけを得ることができるでしょう。

 授業では,理解の助けとなるようビデオを多用します。さらに本科目は,大学生や社会人に要求される学習スキルやコミュニケーション能力を高めることをも目的とします。そのため,授業内外でTwitter風の「共同受講ブログ」を活用します。したがって,ネットにつながるノートパソコン等を授業に持参できることが受講の条件となります

*この科目は,2009年11月,「広島・長崎講座」に認定されました。

各回へ移動: 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回
      成績評価結果 / 授業評価アンケート集計結果 / 受講者の感想・意見 / 過去の授業に関する情報
      共同受講ブログ

お知らせ

シラバス

第1回 ガイダンス(9/14)

 シラバスを配布し,授業の概要を説明します。具体的には,講義のテーマ,スケジュール,成績評価,などです。なお,今年度は「核兵器」をテーマとして学んできます。

 単位を取得する上で重要なことを話しますので,この科目を履修しようと思う学生は必ず出席してください。(やむをえず出席できなかった学生は,このサイトに掲載されているシラバスを注意深く読み,下の授業ラジオを聞いてください。)

 このページの最後に,この科目の過去の授業に関する情報へのリンクが掲載されています。過去の授業サイト,成績評価結果,学生による授業評価アンケート結果などです。科目選択の際の参考になると思いますので,参照してください。

 なお,他の人間科学科目と同様に,今回の授業は30〜40分で終わります。授業開始50分後くらいから同じガイダンスを繰り返します。

授業ラジオ

 下の三角のアイコンをクリックすると再生されます。また,その下のリンクからファイルをダウンロードすることができます。また,授業ラジオのサイトではポッドキャスティングの形で利用することもできます。

  

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ビデオ視聴
参考資料

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第2回 原爆構想の始まり(9/28)

  今回は,まず共同受講ブログへの登録と使い方の説明を行います。授業中に共同受講ブログを使うため,教室にネットにつながるパソコン等を持参してください。

 その後,第二次大戦中のアメリカによる原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」が始まるまえの時期を取り上げ,原子爆弾製造の可能性を思いついた科学者たちの考えと行動を紹介します。特に,有名なルーズベルト米大統領宛の「アインシュタインの手紙」とフリッシュ・パイエルス・メモを取り上げます。また,当時の科学者たちの考えや行動を理解する上で重要な時代背景についても触れます。

授業ラジオ

  

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<補足講義:時代背景>

  

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 今回の授業で十分話せなかった時代背景について。今年度前期「科学技術と倫理」第2回授業ラジオの抜粋です(17分)。

考えてみよう

 原子爆弾の可能性に気づいた科学者はどう行動すべきだったか?
 ・そのアイデアを秘密にする
 ・国家に原爆開発を急がせる
 ・原爆の危険性を訴えて,その実現に反対する
 ・何もせず,それまでどおり研究を続ける
 ・その他

ビデオ視聴
  • 「アメリカの20世紀 2  第2次世界大戦と原爆開発」 (NHK衛星第1,2000.12.24放送,部分)
参考資料
  • 第2回講義メモ(pdf) ←9/27修正
  • 共同受講ブログ
  • なぜ共同受講ブログなのか(pdf)
  • 共同受講ブログの使い方(pdf)
  • 山崎正勝・日野川静枝編著『原爆はこうして開発された』増補版,青木書店,1997年,第1章「原爆構想のはじまり」
  • 1939年8月2日付ルーズベルト大統領宛アインシュタイン書簡(S.R.ウィアート,G.W.シラード編『シラードの証言』伏見康治・伏見諭訳,みすず書房,1982年,124-125頁)。
  • フリッシュ・パイエルス・メモ(山崎正勝・日野川静枝編著『原爆はこうして開発された』増補版,大月書店,1997年,5-11頁)。

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第3回 マンハッタン計画(10/5)

 マンハッタン計画を取り上げ,それに関わった科学者たちの考えと行動を紹介します。また,機密保持をめぐる科学者と軍人・政治家との対立についても取り上げます。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

 マンハッタン計画において,科学者はどこまで責任・権限をもつべきだったか?
  ・科学研究の内容のみ
  ・研究機関の組織・人事・諸規則まで
  ・成果の使用方法や社会への影響まで
  ・その他

ビデオ視聴
  • 失われた世界の謎「極秘の核施設」(2006年,ヒストリーチャンネル,2007.10.5放送,部分)
  • ジョン・エルス監督「The Day After Trinity」(1980年,部分) 日本語字幕付き映像は,ジョン・エルス監督,富田晶子・富田倫生訳『ヒロシマ・ナガサキのまえに——オッペンハイマーと原子爆弾』ボイジャー,1996.8.6,CD-ROM(エキスパンドブック)所収。
参考資料
  • 第3回講義メモ(pdf)
  • 山崎正勝・日野川静枝編著『原爆はこうして開発された』増補版,青木書店,1997年,第2章「研究と開発の組織化」,第7章「核と科学者たち」
  • レスリー・R・グローブス『原爆はこうしてつくられた』冨永謙吾・実松譲訳,恒文社,1964年
  • J.ウィルソン編『原爆をつくった科学者たち』中村誠太郞・奥地幹雄訳,岩波書店(同時代ライブラリー),1990年
  • R.P.ファインマン『ご冗談でしょう,ファインマンさん(上)』大貫昌子訳,岩波書店(岩波現代文庫),2000年,第3章「ファインマンと原爆と軍隊」

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第4回 原爆使用をめぐる科学者の議論(10/12)

 マンハッタン計画に従事した科学者たちが,原爆使用にともなう政治的・社会的問題に関してどのように考え行動したかを紹介します。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

 原爆使用の是非を論じたフランク委員会やシラードの行為をどう見るか?
  ・科学者の責任を超えた越権行為
  ・科学者の責任を自覚した立派な行為
  ・科学者として当然の行為
  ・自分の立場を危うくする愚かな行為
  ・その他

ビデオ視聴
  • ETV2001「トリニティーの記憶 〜原爆をつくった父へ 娘の問いかけ〜 前編」(NHK教育,2001.8.27放送,部分)
参考資料
  • 第4回講義メモ(pdf)
  • 「ニュークレオニクス概説」(ジェフリーズ報告)1944年11月18日(山極晃・立花誠逸編,岡田良之助訳『資料マンハッタン計画』大月書店,1993年,228-246頁)。
  • 「政治的および社会的諸問題」(フランク報告)1945年6月11日(同上,457-467頁)。
  • 米国大統領あての請願書(レオ・シラード)1945年7月17日(同上,473-474頁)。

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第5回 原爆投下決定と外交(10/19)

 第二次世界大戦末期にアメリカの政治指導者は日本に対する原爆使用をどのように考え行動したか,ということについて,特にアメリカの対ソ外交という観点から紹介します。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

 トルーマン大統領はどのように対日戦を終結させるべきだったか?
  ・日本に天皇制維持を約束して降伏勧告を行う
  ・ソ連参戦を待つ
  ・日本が降伏するまで次々と原爆を投下する
  ・本土上陸作戦を行う
  ・その他

ビデオ視聴
参考資料
  • 第5回講義メモ(pdf)
  • マーティン・J・シャーウィン(加藤幹雄訳)『破滅への道程——原爆と第二次世界大戦』TBSブリタニカ,1978年。
  • 長谷川毅『暗闘——スターリン,トルーマンと日本降伏』中央公論新社,2008年。

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第6回 原爆による被害(11/2)

 広島・長崎に投下された原爆による被害,特に人間に対する物理的・社会的被害をテレビ番組の映像によって紹介します。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

 なぜ被爆者は,10年以上も医療上・生活上の援護を受けることができなかったのだろうか?

ビデオ視聴
参考資料
  • 第6回講義メモ(pdf)
  • 沢田昭二ほか『共同研究 広島・長崎原爆被害の実相』新日本出版社,1999年。

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第7回 原爆被害情報のコントロール(11/9)

 原爆被害の情報が日米政府によっていかに収集され,利用されたかを紹介し,それが被爆者の治療や援護とどのような関係をもったか考えます。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

 もし,占領期に原爆被害についての表現活動(報道,文芸,研究発表など)が自由に行われたとしたら,日本国民や国際世論はどのように反応しただろうか?

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参考資料
  • 第7回講義メモ(pdf)
  • モニカ・ブラウ(立花誠逸訳)『検閲 1945-1949——禁じられた原爆報道』時事通信社,1988年。
  • 繁沢敦子『原爆と検閲——アメリカ人記者たちが見た広島・長崎』中公新書,中央公論新社,2010年。
  • 椎名麻紗枝『原爆犯罪——被爆者はなぜ放置されたのか』大月書店,1985年。
  • 笹本征男『米軍占領下の原爆調査——原爆加害国になった日本』新幹社,1995年。

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第8回 冷戦下の核実験と新たな被ばく者(11/16)

 冷戦下に続けられた核実験とそれによって生じた新たな被ばく者について,アメリカの事例を紹介します。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

 ・なぜアメリカ政府は,国内外に大量の「被ばく者」を生み出してまで,核実験を行ったのか?
 ・なぜアメリカ国民の多くは,自国の核実験に反対しなかったのか?

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参考資料
  • 第8回講義メモ(pdf)
  • グローバルヒバクシャ研究会編著『隠されたヒバクシャ——検証=裁きなきビキニ水爆被災』凱風社,2005年。
  • アルバカーキー・トリビューン編(広瀬隆訳・解説)『プルトニウム人体実験』小学館,1994年。
  • アイリーン・ウェルサム(渡辺正訳)『プルトニウムファイル』上・下,翔泳社,2000年。

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第9回 アメリカ人の原爆観(11/30)

 1995年前後のスミソニアン原爆展論争や最近のアメリカ人映像作家の作品から,アメリカ人の原爆観とその変化を窺います。また,これまで一般的だった原爆観の背景として,アメリカ政府の宣伝の一部を紹介します。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

 ・今回の授業では,原爆という残虐な兵器による非戦闘員の大量殺傷という自国の「負の歴史」を直視しないアメリカ人の姿を見てきた。
 ・では,日本で似たようなことは起きていないだろうか? 日本人は,自国の「負の歴史」を直視してきただろうか?(あなた自身は,そうした歴史をきちんと学んだことがあるか?)

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参考資料
  • 第9回講義メモ(pdf)
  • NHK取材班編『アメリカの中の原爆論争——戦後50年スミソニアン展示の波紋』ダイヤモンド社,1996年。
  • フィリップ・ノビーレ,バートン・J・バーンステイン(三国隆志他訳)『葬られた原爆展——スミソニアンの抵抗と挫折』五月書房,1995年。
  • マーティン・ハーウィット(山岡清二監訳,渡会和子・原純夫訳)『拒絶された原爆展——歴史のなかの「エノラ・ゲイ」』みすず書房,1997年。

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第10回 科学者による核兵器反対運動(12/7)

 第二次大戦後,科学者によって行われた核兵器反対運動について,オッペンハイマー,ロートブラット,湯川秀樹を例に紹介します。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

・なぜ,核廃絶を訴える科学者の声は社会になかなか受け入れられないのだろうか?
・なぜ,一部の科学者は,困難な反核運動にあえて身を投じたのだろうか? 彼らの強烈な責任意識はどこから来たのだろうか?

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  • ジョン・エルス監督「The Day After Trinity」(1980年,部分) ジョン・エルス監督,富田晶子・富田倫生訳『ヒロシマ・ナガサキのまえに——オッペンハイマーと原子爆弾』ボイジャー,1996.8.6,CD-ROM(エキスパンドブック)を利用。英語版DVDもあり。
  • テレメンタリー2005「原爆開発を胸に」(テレビ朝日,2005.8.30放送,部分)
  • ニュースステーション「ニ号研究 〜日本の原爆製造計画〜」(テレビ朝日,1995.8.11,部分)
  • NHKスペシャル「ラストメッセージ 第2集 核なき世界を 湯川秀樹」(NHK総合,2006.11.6,部分)
参考資料
  • 第10回講義メモ(pdf)
  • 中沢志保『オッペンハイマー——原爆の父はなぜ水爆開発に反対したか』中公新書,中央公論社,1995年。
  • 田中正『湯川秀樹とアインシュタイン——戦争と科学の世紀を生きた科学者の平和思想』岩波書店,2008年。

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第11回 核の拡散と国際管理(12/14)

 第二次大戦後の核兵器の拡散,およびそれを防ぐための核不拡散条約(NPT)体制の歴史と現状を紹介します。

授業ラジオ

  

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考えてみよう

・なぜ,新たに核兵器を持とうという国が出てくるのだろうか?
・核拡散を防止するには,どうすればいいだろうか?

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参考資料

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第12回 核・市民・科学者/まとめ(1/11)

 核兵器と市民の関係を考えるための事例として,第五福竜丸事件を契機に日本で高まった原水爆禁止署名運動を紹介します。
 また,これまでの授業を振り返り,この授業で学んできたことをまとめます。そして最後に,授業評価アンケートに答えてもらいます。

授業ラジオ

  

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課題

 共同受講ブログに,第12回の講義の感想と,今学期の授業全体の感想を書き込んでください(一つの書き込みに両方を書いて結構です)。
 ・タイトル:「第12回感想」
 ・分量:500〜1000字程度(目安です)
 ・締切:2012年1月18日(水)午後5時
 ・今回は,コメントを付け合うことは義務ではありません。

ビデオ視聴
参考資料

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成績評価結果

  今学期の成績評価の結果,最高98点,最低6点,平均64点でした。また,成績分布は以下の通りとなりました(放棄者10名を除く)。

成績評価方法:成績評価は,共同受講ブログへの書き込みのみをもとに行いました。授業ツイートとコメントの数で全体の60%,各回感想・意見の数で20%,授業で教員に紹介された書き込みの数(教員点)で20%となるように配点しました。授業ツイートは各回最低3つ,コメントは各回最低1つという原則をシラバスに書いておきましたので,初回ガイダンスを除く11回の授業全体で合計44個の書き込みをし,さらに全ての感想・意見の書き込み(感想11個,意見10個)を行った受講者は原則として少なくとも単位取得できるように基準を設定しました。

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授業評価アンケート集計結果

 受講者による授業評価アンケートの集計結果は以下のグラフの通りとなりました。

設問は以下の通りです。
問1 授業内容の難易度はあなたに合っていましたか。
問2 授業の進度はあなたに合っていましたか。
問3 授業内容はシラバスと合っていましたか。
問4 話し方(声量、スピード、音質等)は聞き取りやすかったですか。
問5 板書(OHP、TV画面、PC画面含めて)は、わかりやすかったですか。
問6 専門知識や用語の説明はわかりやすかったですか。
問7 教科書や配付資料の利用は適切でしたか。
問8 授業に関する学習(予習、復習)を助ける方法が担当教員により明示されていましたか。
問9 教員は授業に意欲的に取り組み、指導は熱心でしたか。
問10 教員は教室の学びやすい雰囲気(私語等の禁止など)を作るよう努めていましたか。
問11 この授業の内容に興味と関心が深まりましたか。
問12 この授業の学習に「共同受講ブログ」は役に立ったと思いますか。
問13 この授業の学習に,講義メモや授業ラジオを掲載した「授業ウェブサイト」(共同受講ブログを除く)は役に立ったと思いますか。

 事務部による集計結果へのリンクです。

 事務部によるアンケート集計結果(n=78)

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受講者の感想・意見

 第12回まとめの授業全体についての感想・意見と授業評価アンケートの自由記述欄に書かれていた感想・意見から一部を抜粋して紹介します。なお,句読点を追加するなど,読みやすくするための修正を適宜行っています。「←」以下は教員からのコメントです。

第12回まとめから

<授業内容について>

 この講義を振り返って最も印象に残ったのはやはり原爆の被害を紹介したビデオだった。被曝した人たちが様々な方法で当時の様子を残したものなど,痛々しくて目を背けたくなるものばかりで原爆の威力と恐ろしさを再確認し,もう二度と核兵器は使われてはならないと改めて思い知らされた。核撤廃はまだまだ長い時間を要するだろうが将来的には核のない世界が来ないものかとこの講義を通して学んだ。

 全体を通して感じたことはやはり核の恐ろしさである。またさらに核を作り,使用した人間もまた核兵器と同じくらい恐ろしい存在だと実感した。広島,長崎の原爆投下ではなかなか日本が降伏しないからといって核を落とし,無条件降伏させられたし,アメリカでは実験と称して島一つ消したり,末期患者に放射性物質を注射して人体の影響を調べたりした。もうこれは人権を無視しているとも思った。しかし,これは必要なことでもあるからまた難しい問題である。結局,このようなことを言っても自分に何ができるわけでもない。しかし,自分の考えを改めなおすことはできる。私は,この講義を受ける前までは核のことをなにも知らなかったに等しいほどの知識しかなかった。だが,この講義を半年間を通して学んだことにより,核に対する考えが180度変わった。よってこの講義はもっと評価されるべきだし,核を知らない世代に核のことをもっと知ってもらうべきである。

 本講義のガイダンスで核について学ぶとは聞いていましたが,まさか全授業が核に関する内容で行われるとは思いませんでした。さすがに90分×12回も一つのテーマで話を進めるのはネタ切れを起こすのではと思っていましたが,終わってみるとまだ時間が足りなかった気もします。それほど「核」というテーマは重く,ビデオを活用する講義体制も相まってあまり良い気分で講義を受けられなかった回もありましたが,今までとは違った核に対する考え,例えばアメリカなどの外国での核兵器の扱いなどを知ることができたのは,非常に良い経験になったと思います。

 今までの講義を通じて感じたことを大まかにまとめると,原爆の恐ろしさや人間の愚かさを再確認しました。その中で特にアメリカへの怒りは何度も自分の心の中で込みあがってきました。しかし,ところどころ嬉しく思った時もありました。それは,酷いことや悪質な考えがあっても,必ずそれに立ち向かう人や,反対する人がいたということです。そして,人は団結するとやはり凄いなと思いました。世界のみんなが同じ志をもって団結し,世界が平和に向かうことを祈るばかりです。そのために自分も将来,たとえわずかなことであっても自分にできることがあれば協力していこうと思います。

 原爆を題材にした科学技術について学んできたが,自分の特に印象に残った講義が第4回の原爆使用をめぐる科学者の議論についてだ。なぜかというと,常に科学の発展を促してきた科学者たちも自分の技術について悩むんだなと,とある場面を見て感動したからである。科学者も自分たちの技術のあり方について常日頃から悩んで,それでいても明確な答えが出せないが最善の答えを出すように努力している。全員の科学者がそうではないかもしれないが,自分の技術としっかり向き合って,考えることは立派だと思う。自分も将来は科学技術について考える科学者になりたいと第4回の講義を聞いて思った。

 今年は震災によって起きた原子力発電所での放射能漏れによって,放射能,原子爆弾,原子力発電,被曝といった関連する事項に興味を持たざるを得ない状況で,色々とインターネットやテレビといったところから情報が常に流れている状況であった。しかしそれらの殆どは現在の事ばかりで,過去の史実から何かを伝えてくれるものではなかった。そういったこともあって,この講義を通して過去の史実から,原子力といったものがどういった過程で発明され,作られ,使用されたのかを学ぶことが出来た。その中でも衝撃的であったのは,日本でも原子力爆弾を作り使用しようとしていた事実であった。技術的なことを考えるとまだまだ先にはなっていただろうが,一歩間違えば日本が落とした立場になっていたかと思うと,安易にアメリカを非難することは出来ないのだと考えさせられた。それと同時に,原子爆弾によって科学者に倫理観が芽生えて行く過程を,全体を通して感じることが出来た。新しいものや,すべての開発が正しいとは言えないという事実がそこにはあったと思えた。

 今までの原爆についての授業を受けて,日本のみではなくアメリカからの視点も通して,今までテレビのドキュメンタリー番組や歴史の授業では見えてこなかったものが見えてきた気がした。例えば,日本人の原爆による被害はある程度知ってはいたがアメリカで行われていた原爆による人体実験の実態については全く知らなかった。自国の軍人の「国のためなら自らも犠牲にしても構わない」という忠誠心を利用し,軍人を使った人体実験はとても許し難い行為であると思ったと同時に,戦争において犠牲はつきものであるのは戦時中であればどの国でも同じことなのも事実なのでとてももどかしく感じた。結局のところ,どんな非人道的な行為でも戦争のため,自国のためというだけで正当化されてしまう人間の愚かさにとても残念に感じた。原爆開発の中においても,それが悪いことだと気づいていても国家の力に抗えなかったり,情報操作によって何も知らずに協力させられていたりするように当時の時代背景から考えても,原爆開発を防ぐのは難しかしいことだったと実感した。今では世界的に核撤廃に向かっているが,すでに核を所持している国においては適応されないというのは論外であると考える。核を所持してる国を無くさない限りこれからも核を開発しようと考える国は現れると思うし,もうすでに開発をしているかもしれない。これほどおびただしい数の被害者を生みだした原爆を国家間の地位のために安易に開発することはたいへん危険なことだし,仮に戦争が起きてしまったら本当に核戦争になりかねないと考える。この授業で原爆について詳しく学んだことをきっかけに,これからの核問題に真剣に目を向けていこうと思うし,過去のような出来事を起こさないように何かできることはないかと自身で考える必要があると思う。その時々の時代背景や情報に流されない見極める力を養うことも大事だと思った。

 今学期この科学技術と倫理の授業を受講して,あらためて1番感じたことは,人の命はなににも変えられないほど大切であるということです。そして原爆の恐ろしさを改めてみにしみるほど感じました。この原爆に一瞬にして人の命を奪う力を持つと知りながらいまだに核兵器を所有している国にたいし愚かさを感じました。戦争で勝つことよりも,人の命がどれだけ大切でそれがどれだけはかないものであるかということを世界全体で考えていくことが大切であると思うし,これからどうやって減らしていくかは世界中での課題となるとおもった。
 いま私たち日本では原発に侵され危険な状況であるが,この問題についてもはやく,じっくりと,正確に考え,こたえを出していかなくてはならないと思うし,お金や時間がかかる事だとおもうが,なによりも人の命が大切であるという当たり前のことを当たり前に行うことの大切さを力に頑張っていかなくてはならないとおもった。それは国の問題ではなく,私たち一人一人の課題であり,改めるべき行動があると思う。そう感じることが出来,この授業を受講することができてとても勉強になりました。いま生きていて戦争にふれることなく幸せに生きていられるのは,前の時代で失敗を犯したことにより反省したからである。その犠牲となった人々の命を無駄にしないようにこれからはしっかりとした国になれるよう,自分の行動も改めていこうとおもう。考え方が国によってちがったり,人によって違ったりするわけだから苦労すると思うけれど,核兵器に対する危険性を世界にうったえかけ,来世にも伝達していけるようしなくてはならないとおもっています。なのでこの授業を受講して考えることができてよかったとおもいます。

 幼少時よりメカ弄りが趣味であった私は,工業・科学的な事故が起きても使用する人間のことを飛ばし,真っ先に技術的問題点を考えるような思考の順番であった。しかしこの授業で感じたのは,必ずその技術の実用化には多くの人数,そして多様な立場の人々の意見が絡みあっていたことだ。授業で扱った原爆で言えば,爆心地近辺のあらゆるものを蒸発させ広範囲のものを吹き飛ばす熱風と被曝した個々人を一生苦しめる放射線が技術的問題点,そしてそれらが事前に予期されていたにも関わらず実用化=実戦投入して良いのかと判断することが倫理的問題点とでも言えるだろうか。多くの生命を奪い苦しめた原爆ほど深刻なものでなくとも技術の実用化には多面的な検討が必要であり,工業を志す者としてしっかりとした意見を持ち正確な情報を広めることが重要である,というのがこの授業から感じた最も大きなメッセージであった。私の希望する進路は工業と密接に関わりかつ多くの人命を預かる分野である。運用か開発か将来のことは分からないが,自分を含めて技術に携わる人間のことを決して忘れないようにしたい。

 この授業では核について毎回様々な視点から学んできたわけだが,各回における人々の立場で自分だったらどうするか?どのように行動するか?ということを常に念頭に置いてまとめていくうちに,自分の意見に矛盾が生じてきていることにやるせなさを感じたりもした。多くの人々が熟考した結果が歴史であり,それが今も受け継がれていると考えると,一概にすべての国の動きを否定することはできないのかもしれないと感じた。

 私はこの講義を受けてみて,自分の国やそれに関わった国の歴史と言うものにとても興味を持つことが出来た。今まではギリシャやローマ,エジプトなど書き物としても面白いであろう歴史ばかり調べていたが,この講義を通して自国の行ってきたこと,過去にあった惨事とそれの恐ろしさなどを再度見直し,技術者を志すものとして同じ過ちを繰り返さないようにしようと思えた。

 今現在,世界中に関わりがある核兵器というものの存在について,一人一人が真剣に考えて向き合っていくべきだと思う。それは兵器のみに限らず,平和利用も含めた核エネルギーの存在そのものについても言えることかもしれない。核というものに向き合うために,まずは知識を持つべきだと私は考える。原発の事故が起こり,日本が核による災害に晒されている今,原爆での被曝者たちが受けたような間違った知識に基づいた偏見が蔓延する世の中にはなってほしくないし,私たちはそのような世の中にしない努力をする必要があると思う。また,世界中の人々に核の脅威をきちんと認識して欲しいと思う。そして,多くの人々が核兵器の根絶を願えば核兵器を世界から無くすことも不可能ではないと思いたい。

 講義全体の感想として一番印象に残ったのは最後の授業に行った主婦から始まった団結である。本授業では「今の日本ではできない」,「昔の人はすごい」という意見が多々見られた。しかし私は最後の授業は(別に実際に起こった歴史をありのままに伝えただけだとは思うが)昔は凄かったと伝えるのではなく,一人一人の意識が変わり,行おうとするだけであれだけの人数,国や世界すらも変えてしまう力ができるということを伝えたいのではなかったのかと思う。授業でやったのは昔だから行えたのではない。「やろう」としたからこそあそこまで広まったのだと思う。

 全体の授業を通してだが,この授業で原爆の詳細について様々な事を知った今だからこそ,考えられることが沢山ある。原爆の始まり,原爆の様々な効果とその影響,研究者達の考え,反対派と賛成派,数えてたらキリがない程多くの事を学んだ。その内容の中には,何故こんな大切な事を今まで知らなかったのか,というようなものも少なからずあった。それは知ろうとしなかった自分の怠慢でもあり,少し恥ずかしくもあったが,「教育として教えられなかったから知らなかった」などという言い訳だけはすべきではないと思った。この原爆問題には,そんな義務教育では触れられることの無い実態が沢山あるが,日本人として,この問題に深く取り組むことは,最早それこそが「義務」だと思う。それは世界で唯一の被爆国である日本だからこそすべき事であり,どこの国よりも熱心かつ真剣に臨まねばならない問題だと私は考える。ネットワークというものが気軽に使用でき,世界と簡単に繋がることのできる今だからこそ,当時では知ることの出来なかった原爆の真実を知ることができるし,NPTや核廃絶案,東日本大震災における福島原発事故など,今考えるべき問題が山程あると私は思う。そんな問題に触れることのできるきっかけをくれた田中先生とこの授業,そして自分とは違う様々な意見や感想を見せてくれた受講生の皆さんに感謝します。

 私はこの講義を受講する前は,核抑止力は重要だと思っていた。核を使用すれば世界は瞬く間に変わってしまうということを思えば核を使用することはできないという考えである。しかし,そういったことでは世の中は変わらないということをこの講義を通して感じた。アメリカやロシアなどの常任理事国が核の恐怖により抑え込むという形では逆に反感を持つ国が増え,核を拡散させてしまう形になってしまう。今求められることは,日本で行えたこと(反核活動)を今度は世界全体も行わなければならないということだと思う。そのためには1人1人の考えが重要だと思う。ただ核保有や過去の事実を非難するだけでは何も変わらない。1人1人が今一度過去に起きた事実を見直し,過去から学ぶことが重要だと思う。また,世界全体で核を無くすために,政府(アメリカやロシア)が核を廃止しようとする人々をどれだけ後押しできるかということが大事だと思う。具体的に11回の意見で述べたような,自ら核を廃止したり,発展途上国の支援を行ったりということである。湯川秀樹のように核を絶対悪として扱わなければいけない。核抑止力という考えがあるうちは,核は無くならないかもしれないが,核廃止デー(day)ができる日が来ればいいなと思う。

 講義全体の感想としては,所謂戦後世界は大なり小なり核兵器によってつくられたということである。冷戦時代,大国同士の戦争が勃発していないのも,核による政治的な駆け引きの結果ともいえる。現にアフリカの民族紛争や印パ戦争,中東戦争,フォークランド紛争など小規模な戦争・紛争は今現在に至るまで絶えないにもかかわらず,核兵器が実戦投入されたのは長崎が最後だ。結果的に今の平和な(と言えるのは一部の先進国の国民だけであろうが)時代は,核兵器によってつくられたというのは何とも皮肉なことである。
 また,核兵器を生み出した核物理学の発達や原子力エネルギーの利用そのものは人類の発展に大きく貢献し,これからも貢献し続けるであろう。反核というだけでこれらまで非難されるのはどうかと思う。先日の福島原発の事故の影響から,現在の日本では原発撤廃の声が高まっているが,では原発の代わる電力供給源はどうするのか? 原発撤廃を訴えながら電気料金の値上げを非難することは矛盾ではないのか?など現実的な問題を考えるべきである。少なくとも私個人としては原発撤廃に反対である。ただでさえ無資源国の日本が電力の自給すらできなくなったら,傾きかけた日本経済は今度こそ崩壊するだろう。

 「東日本大震災で原発が問題となっているから」という理由で本講義を受講したため,原発等,「原子力の正の側面」の話をもっと聞きたかった。(前期講義の資料で補完します。)しかしながら,時系列順に原子力が持つ様々な問題を学ぶことができたので,とても有意義な講義だった。

 本講義の意見に関してですが,ブログ形式で授業を行うことで,他人の意見を閲覧・議論できることは非常に面白かったです。非常に勉強になりました。また,本授業において,原爆を題材として科学技術と倫理に関して講義を進めましたが,原爆だけではなく,他の技術(例えば無線技術・インターネット・AI・飛行機・宇宙船)を題材にするのも面白いと思います。原爆だけですと,兵器であることで,皆の意見が「核兵器を使ってはいけない」や「作ってはいけない」など,似たような意見しか出てこなくなってしまい,あまり面白く感じません。最後に,ブログだけではなく,授業中に先生が質問を出し,教室内で議論することも面白いかと思います。

 ブログ形式で行い他人の意見が見れるというのは非常に面白いのですが,核兵器という議題に関しては恐らく似たりよったりの一定の意見がでやすいのでこの形式をあまり生かせていないように思えます。科学技術と倫理という内容であれば例えばですが(授業内容として離れていたらすいません)「人間そっくりに思考するロボットが開発された場合,人間と同等に扱うか否か」「人工知能が開発された場合どこまで行えば思考しているといえるか」といった思考実験のような答えのない議題を扱ったりしたら面白いのではないかと思います。

<授業方法について>

 この講義は,共同受講ブログを通じて行われるが,この発想はとても面白く斬新で,かつとても色々な面で多くのメリットがあると感じた。まず,講義と言うのは教授の講義を一方的に聞いて学ぶことが多いのだが,この講義は共同受講ブログを通して自分から積極的に講義に参加することができる。また,他の人の意見や感想を見ることにより,自分では考えられなかったことや,自分とは違う意見を知ることができ,視野が広がる。そのため,他の人と関わりを持たない場合よりも共同受講ブログを使った講義の方が得るものも多いと思う。他にも,授業中退屈しない教室の中で親近感が芽生えるなど,多くのメリットが思い浮かぶ。今後他の教授たちも,この講義のように飽きなく,かつ効率的に学べる講義を追求していってほしい。

 半年間この授業を受けてみて本当におもしろい授業だなと思いました。普通の授業では先生がいったことをノートに写すというだけだったが,先生の講義をききながらリアルタイムで意見をいいみんなの意見が見られるという新しい授業だったので新鮮な気持ちで講義に臨むことができました。ネットだから意見を言うのが恥ずかしくないし,自分が意見を書いて人からコメントがもらえると嬉しくてやる気もあがりすごい勉強になり楽しい授業でした。

 ブログで授業を受けるというのは聞いたことがなく,こんなもので大丈夫なのだろうかと少し不安にも思ったりしたが,受けてみると大変便利で驚いた。ビデオは見れないが授業は家でも聞けるし,何よりも今の授業に不足しがちな生徒間のコミュニケーションが非常に取りやすいのは魅力的だろう。このサイトを見れば生徒がどれだけ積極的に授業に参加しているのかがよくわかる。

 共同受講ブログはとても魅力的な講義形式であった。まだ9月ぐらいまでは従来の講義形式と全く違うため,正直戸惑いがあったが次第に慣れ,講義中のブログへの書き込みによって講義に参加しているという実感を得ることができ,学生が今何を感じているのかリアルタイムで知ることができた。講義後の感想・意見を投稿することによって,私個人としても各回に勉強したことを整理することができ,また学生一人一人が異なる考え方を持っているため,このような考え方もあるのだということを知り,それによって自分の考えを見直すこともできた。今後の大学の授業で,このようなスタイルの講義がもっと増えていけば良いと考える。そして今後,田中先生のこのような共同受講ブログを利用した科目があったら迷わず履修したいと思います。

 この授業の共同受講ブログは大学のような人数の多い場所で一人一人意見を言っていくと時間がかかってしまうところ,多くの人がどのような考えがあるかを読むことができ自分の意見と比べることもできて面白かった。また授業の講義メモがあって授業でやったことを復習しながら意見を書くことができよかったと思う。

 共同受講ブログでは,何よりもその場で感じた千差万別な人の意見や感想を見る事ができるのは嬉しかった。こんな考えの人もいるんだなって事がよくわかった。その度にこの人の意見いいなとか,自分とは明らかに違うけどその人はこういう考えなのかとか…etc。特に原爆についてだったので自分はこう思うんだけどこんな事書いたらまずいかなとという部分があったので,どうしても書くのを躊躇ってしまう部分も最初はあったが,思った以上に自分の考えを正直に書いてるなという人がいた事を知ることができたので,だんだん自分も正直な意見や感想が書けて良かったなと思った。手書きではなく,下手すれば自分が書いていた感想や意見が消えてしまうという多少面倒な部分はあったけど,全体的には良かった。

 最後まで,節度を持ったままみんなと,この講義を受講できてよかったと思う。何人か興味深い意見を連続で発表してくれる人がいたりして私的に連絡をとりたくなる者もいた。この講義の良い雰囲気は先生と学生が協力して築き上げたものなのだと思う。

 自分はPCを学校にもってきていなかったので心配でしたがiPhoneでもなんとかなりとても助かりました。そしてなによりみんなの意見,感想もみれるシステムにより色々な人の考えがあるのだなと教えられたりしました。とても素晴らしいシステムだと思います。

 この講義の最大の特徴である共同受講ブログは,さまざまな意見を見ることができて良いものだと思う。ただし,ビデオ視聴中にブログに興味深い呟きがあったとき,その内容を見ていると,ビデオの内容を見逃したり,聞き逃したりすることがあった。こういう授業形態をとっている以上は仕方のない問題だし,後で見ればいいだけだし,授業ラジオという形である程度補完はされているが。賞賛する意見が多いようなので,逆に気になった点を挙げた。

 自分にとってこの形態はとても新鮮で,とても興味深かったのでとてもよい方式であるともう。また,ノートを取る手間がなかったり,意見や質問を早急に発言できるのですばらしいと思う。しかし,パソコンを使うため,サーバーに不具合が生じたり,問題があると授業についていけなくなるため,その点は改善すべきだと思う。

 授業サイトはすごくよかったです。休んでも,授業ラジオや動画の情報を得られるしメモが思い出すときにすごく助かった。ただ,授業最初の15分くらいを感想や意見の時間に使うのは・・と思った。書いた文章に責任を持たせたいことや,レポートを書く上で練習させたいのは分かるのですが少し取る時間が長かったと思う。さらに,ネット上で検索すると普通に出てきてしまう点も内容が内容だけに少し怖いようにおもった。

授業評価アンケート自由記述欄から

 たとえ休んでも,メモを見れば,いつでも書けたので,安心感はすごくあった。授業の動画はWebで見られるようにはできないんですよね…。
 ←授業の動画とは,授業で見せたビデオなどのことでしょうか。それらをウェブに掲載することは,著作権の関係で難しいです。私の講義の動画ということでしたら,著作権は私にありますので,ウェブに載せることは可能ですが,まだそこまでは行けていません。動画は分かり易いので,何らかの形で動画をウェブで見られるようにしたいとは思っています。

 生徒同士でリアルタイムに意見しあえる点など含めて素晴らしい授業だったと思います。その上で,いくつか提言を。授業最初の意見紹介自体は良いものだと思いますが,スクリーンで見る+先生の声という手段だけでは少々理解しがたい(見えない,聞こえない)時があります。ウェブサイトでそれを載せるなどして,参照しやすくなれば良いのではないでしょうか。
 ←特にアナウンスしていなかったかもしれませんが,授業で紹介した書き込みには,「授業で紹介」というタグを私のほうで付けていまして,そのタグをクリックすると,授業で紹介された書き込みを一覧することができます。

 すこしブログに頼りすぎている感じがしました。

 字幕の時のみ見づらい
 ←映画「The Day After Trinity」の字幕のことでしょうか。これは,パソコンで見るように作られた動画を見せているため,字幕の文字が小さく,しかも不鮮明でした。その点は申し訳なかった思いますが,今のところ他に替わるビデオが用意できないため,これをお見せしています。授業の最初には,字幕が見づらいため,英語の聞き取りに自信がない人は前の方に出てくるように言っておきましたが,見やすい位置に移動することはできなかったでしょうか。

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過去の授業に関する情報

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